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アイルランド―文学のレガシー―

推薦文 :和田 渡 (阪南大学 名誉教授)

 ショーン・オフェイロンの『アイルランド 歴史と風土』(橋本槇矩訳、岩波文庫、1997年)は、アイルランドの作家によって書かれたアイルランドの歴史である。著者のことばによれば、そこに描かれているのは、「アイルランドの民族精神の発展の歴史」(9頁)、「国家としてのアイルランドの文明の発達史」(同頁)である。本書は、民族主義的、政治的な観点から書かれた書物でも、客観的資料にもとづく社会史でもなく、アイルランド精神史の試みである。
 ショーン・オフェイロン(1900~91)は、英国の植民地国家であったアイルランド南西部のコークに生まれた。英国の文化になじんで育ったが、16歳のときにおきた「イースター蜂起」(アイルランド独立をめざした、共和主義者による武装蜂起)によってアイルランドの民族主義に目覚め、1918年には義勇軍のメンバーになった。彼は、英語綴りの名前であるJohn Whelanをアイルランド語綴りのSean O’Faolainに改めた。のちに、彼らが抱く理想と現実の間のギャップに気づき、民族主義的な活動に懐疑的になった。
 その後、奨学金を得てアメリカに留学し、ハーバード大学で英文学の学位を取得し、ボストン・カレッジでアイルランド文学を講義した。1929年にアメリカから英国に移り住み、教師の傍ら創作を続け、1932年に最初の短編集『真夏の夜の狂気』を出版した。同年にアイルランド文芸協会の会員に推挙され、母国に戻って文筆活動に専念した。




  本書は、「緒言」「第1部 根」「第2部 幹」「第3部 六つの枝」からなる。アイルランドの歴史が一本の樹木にたとえられている。第1部は、ケルト人、偉大な神々の死、詩人たちの世界といった精神のルーツの探訪である。第2部はアイルランドの歴史と切り離すことのできない宗教的対立の諸側面を扱っている。第3部では、アイルランドを形成してきた6つの「枝」、すなわち、新農民、アングロ・アイリッシュ、反逆者、司祭、作家、政治家について語られる。
 オフェイロンの作家論の一部を見てみよう。「テーマが冷淡な孤立のなかで存在することを止めたとき、初めて人間のすべての状況を情熱的に思考する作家の血肉の一部となる。(中略)私たちアイルランド人は深く考え、リアルに表現する段階にまだ達していない」(221~222頁)。こう述べたあと、彼はイェイツとジョイスに言及する。彼によれば、前者はロマン主義者、後者はリアリストである。「知的自由、想像力の自由を求めるアイルランドの永い探求の最終段階の里程標がこの二人である」(222頁)。「アイルランドの英語文学は、先祖の記憶、数世紀にわたる痛ましい政治闘争、冷酷な永い植民地支配によってもたらされた血と才能の混合、絶えざる海外移住・帰国から生まれる知的輸血、ゲール文化のアイルランドに課せられた英語と英文学の傑作(中略)などから生まれた」(223~224頁)。
 このような特殊な文学状況のなかに屹立するのが、イェイツとジョイスの二大巨人である。しかし、先にあげた「冷淡な孤立」からふたりが免れているわけではない。イェイツは、内的な夢想に耽溺するあまり、現実の細部を正確に観察することなく、想像世界の彼方へ飛翔してしまった。他方でジョイスは、異常なまでに細部にこだわり、現実世界以上に現実的な、グロテスクなまでに肥大化したもうひとつの現実を構築しえた。だが、このふたつの極を横断していくようなあらたな文学が生まれてこないというのもアイルランドの現実である。
 本書は、欠如がまた比類ない魅力でもあるようなアイルランドという国をだれよりも知りつくした作家による、アイルランド的な情熱に満ちた渾身の一冊である。

 『対訳 イェイツ詩集』(高松雄一編、岩波文庫、2009年)には、イェイツの詩の全体像を伝える54篇が収録されている。
 イェイツ(William Butler Yeats, 1865~1939)は、およそ50年間にわたって、詩人、劇作家として創作活動を続けた。彼は遍歴の生涯を過ごした。子ども時代の3年間はダブリンで過ごし、その後ロンドンに15歳まで滞在したあと、再びダブリンに戻り22歳まで過ごした。それ以降、ロンドン、シシリー、リヴィエラなど各地を転々とし、34年間外国で暮らした。23歳で最初の詩集『アシーンの放浪ほかの詩』を出版したが、彼の遍歴と同様に、詩のスタイルも変転を重ねた。彼の詩には、アイルランドの民族意識や神話からの影響が色濃く残るものもあれば、芸術至上主義、象徴主義、神秘主義、オカルティズムといった特徴を前面に押し出したものもある。
イェイツは、1923年にノーベル文学賞を受賞した。真っ先に祝電を送ったのは、故郷のダブリンを離れ、パリに住んでいたジェームズ・ジョイスだったという。
 つぎの詩は1917年に書かれ、詩集The Wild Swan at Coole (Dublin, 1917)に収録されたものである。Cooleは、グレゴリー家が所有していた広大な地の名称である。


 The Wild Swans at Coole
      
The trees are in their autumn beauty,
The woodland paths are dry,
Under the October twilight the water
Mirrors a still sky;
Upon the brimming water among the stones 
Are nine-and-fifty swans.

The nineteenth autumn has come upon me
Since I first made my count;
I saw, before I had well finished,
All suddenly mount
And scatter wheeling in great broken rings
Upon their clamorous wings.

I have looked upon those brilliant creatures,
And now my heart is sore.
All’s changed since I, hearing at twilight,
The first time on this shore,
The bell-beat of their wings above my head,
Trod with a lighter tread.

Unwearied still, lover by lover,
They paddle in the cold
Companionable streams or climb the air;
Their hearts have not grown old;
Passion or conquest, wander where they will,
Attend upon them still.

But now they drift on the still water,
Mysterious, beautiful;
Among what rushes will they build,
By what take’s edge or pool
Delight men’s eyes when I awake some day
To find they have flown away?
                                


 クールの野生の白鳥

木々は秋の美のさなかにあり
森の小道は乾いている。
十月の夕明かりの下で、湖水は
静かな空を映している。
岩々のあいだに漲る水面に
五十九羽の白鳥が浮んでいる。

初めて数を数えてから
十九年目の秋が来た。
まだ数えきらぬうちに、
とつぜん、いっせいに舞い上り、
騒がしい羽音を立て、大きな切れ切れの
輪を作って飛び去るのを見た。

それから私はこの輝く鳥たちを見てきた。
そうして、いま、この心は痛む。
あれから何もかもが変った。あのときは、
夕暮れに、この河畔で、初めて
頭上に鳴り響く羽音を聞き、
いまよりも軽い足取りで歩んだのだが。

いまも倦むことなく、愛し合う同士が連れ添い
鳥たちは冷たい心地よい流れの
水を掻き、あるいは空に舞い昇る。
このものらの心は老いを知らぬ。
いずこをさすらおうと、情熱と征服欲は
つねにこのものたちと共にある。

だが、いま、鳥たちは静かな水の上を漂う、
神秘に満ちて、美しく。
どこの葦間に巣を作るのか、
どの湖のほとりで、どの池で、
人の目を楽しませるのか、ある日、私が目覚め、
鳥たちが飛び去ったのを知るときに?
               (114~117頁)


 秋の美しく澄んだ自然のなかで、湖面に寄り集まって浮かぶ、若々しい白鳥と、その勢いよく羽ばたく姿を何度も見つめながら、ゆっくりと老いをかみしめていく私の哀歓との対比が絶妙だ。神秘の白鳥は永遠に残り、衰えゆく者は、心痛をかかえて時間の淵へと去っていかねばならない。目の前の不死の白鳥と死すべき自己、ケルトの物語やギリシア神話などに姿をあらわすシンボリックな存在としての白鳥とを重ねあわせて描く白鳥の歌である。

 ジョン・バンヴィルの『海に帰る日』(村松潔訳、新潮社、2007年)は、過去に沈んだ記憶を丹念に追跡する男の物語である。原題は、The Seaである。かぎりなく繊細で、澄みきった文体で描かれた傑作である。この本を読んだあとでは、世界がいままでと違ったものに見えてくる。表紙カバーの「デイリー・テレグラフ」のほめことばは、けっして誇張ではない。「こう言った英国人がいるらしい。『アイルランド人に言葉を与えたのは我々だが、我々に言葉の使い方を教えてくれたのはアイルランド人だ』。かつてそれはワイルドであり、ジョイスであり、ベケットだった。そして今、それはバンヴィルである」。
 ジョン・バンヴィル(John Banville)は、1945年にアイルランドのウェクスフォードに生まれた。地元のカレッジを卒業したあと、国営の航空会社に勤めた。1970年に短編集でデビューした。その後も、数々の長編小説や伝記小説などを発表し、現代アイルランドを代表する作家のひとりである。本書は、2005年に、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』をおさえて、ブッカー賞を受賞した。
 『海に帰る日』は、愛する妻アンナをがんでなくした老美術史家マックス・モーデンの妻に捧げたレクイエムである。本書には、印象的なフレーズがいくつも現われるが、小説の核心を暗示する箇所を、少し長くなるが、引用してみよう。


 「父さんは過去に生きているのよ」と娘は言った。
 わたしはきっぱり否定しようとしたが、思い止まった。結局のところ、娘の言うとおりなのだろう。人生は、本当の人生は闘いであり、たゆまぬ行動と確認であり、世界の壁に頭からぶつかっていく意志であり、そういった諸々なのに、振り返ってみれば、わたしはいつも自分のエネルギーの大半をただひたすらに避難所を、慰めを、そう、わたしは認めるが、ぬくぬくとした心地よさを求めることに費やしてきた。そうと気づけば、これはショッキングとは言わないまでも、驚くべきことだった。これまで、わたしは自分は海賊みたいなものだと思っていた。どんな相手にも歯に短剣をくわえて立ち向かってきたと思っていた。だが、いまや、それは錯覚に過ぎなかったと認めざるをえない。わたしがほんとうに望んでいたのは匿われ、保護され、庇われることであり、子宮みたいに温かい場所にもぐり込んで、大空の冷たい視線や刺々しい空気の痛手から身を隠して、じっと縮こまっていることだった。だからこそ、過去はこのうえない避難所だったのであり、わたしは冷たい現在や冷たい未来を振り捨てて、両手をすり合わせながら、いそいそと過去へ向かったのだろう。だが、それはそうだとしても、現実には、過去とはいったい何なのか? 結局のところ、それはかつて現在だったもの、すでに過ぎ去ってしまった現在でしかなく、それ以上のものではないだろう。だが、それにもかかわらず。(59~60頁)


 ひとは、まず現在を生きることから始めるが、年を重ねると、現在は力を失い、未来も冷たくよそよそしいものになる。その代わりに、老いた者には、際限のない、ニュアンスに満ちた過去にさまよい入る時間が与えられる。そのなかで、かつて生きられた現在が、時間の濾過を経て、さまざまに表情を変えて立ち現われてくる。少年の目がとらえていた世界や、青年の葛藤やもつれがよみがえってくる。現在の出来事は、多くの意味をはらんで経過していく。それらの意味のいくつかが、過去への遡行のなかで明らかになる。
 マックスは、かつておとずれた場所に立つ。遠い記憶がよみがえってくる。昔の経験の細部がゆっくりと浮かびあがっては、消えていく。マックスは、過去の細やかな襞をひとつひとつはぎ落としていく。
 マックスは現在にもどる。「夜になると、すべてがとても静かだ。まるで、だれも、わたし自身さえ、いないかのように。ほかの夜には聞こえる海の音、ときには近くからゴーゴーと、ときには彼方からかすかに響いてくる、あの海の音が聞こえない。わたしはこんなふうにひとりでいたくはない。きみはなぜこの世に戻ってきて、わたしに取り憑かないのか? そのくらいのことはしてくれるだろうと思っていたのに。日に日を重ね、果てしない夜に夜を重ねても、いまだになんの音沙汰もない。このきみの沈黙は、霧に似ている。初め、それは水平線にぼんやりと現われたが、次の瞬間には、わたしたちはすっぽりそれに包まれて、なかば盲目になり、つまずいて、たがいに相手にしがみついた」(235頁)。アンナの不在を哀しむ現在は、すっと過去のある出来事へとつながっていく。
 アンナの死の場面でも、マックスの現在は瞬時に過去とむすびつく。「アンナは夜明け前に死んだ。じつを言うと、彼女が死んだとき、わたしはその場にいなかった。療養所の階段に出て、夜明け前の黒光りする空気を深々と吸いこんでいた。じつに静かで、物悲しかった。その瞬間、わたしはもうひとつ別の瞬間を、はるかむかしの、バリレスのあの夏の海での、ある瞬間を思い出した」(250頁)。
 エンディングはこうだ。「看護師がわたしを呼びにきた。わたしは振り返って、彼女のあとからなかに入っていった。まるで海のなかに入っていくかのように」(251頁)。
 『海に帰る日』は、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』と同様に、「記憶の物語」だ。記憶は、海の光と音につつまれている。

人物紹介

オフェイロン (Sean O'Faolain) [1900―1991]

アイルランドの小説家で短編の名手。巡査の子としてコークで生まれた。アイルランド独立運動に参加したのちアメリカに渡り、1926年から3年間ハーバード大学で学ぶ。革命運動の体験から生まれた短編集『真夏の夜の狂気』(1932)で認められ、1933年故国に戻り、文筆生活に入った。アイルランドのまやかしの宗教性、島国文化を批判し、ナショナリストの挫折(ざせつ)を予言して風刺的な傾向を強めたために故国では不評を買った。代表作『素朴な人々の住処(すみか)』(1933)のほか『ダニエル・オコンネル伝』(1938)などがある。
[小野寺健]
" オフェイロン", 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, http://japanknowledge.com, (参照 2017-11-28)

イェーツ (William Butler Yeats)[1865―1939]

アイルランドの詩人、劇作家。6月13日ダブリン郊外のサンディマウントに生まれる。父ジョンは画家。1867年に一家はロンドンに移ったが、母の郷里スライゴーに帰ることも多く、幼時からアイルランド北西海岸の風景や、農民の語る妖精(ようせい)談になじんだ。1881年ダブリンへ戻り19歳で市立美術学校に入学するが、2年で画の修業をあきらめ、詩人としてたつ決心を固めた。1887年ふたたびロンドンに出て、1889年に第一詩集『アシーンの放浪ほかの詩』を発表、ケルト人の英雄アシーンが妖精の案内で魔法の島々をめぐる幻想的な物語詩や、哀愁に満ちた繊細な叙情詩で注目された。
" イェーツ", 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, http://japanknowledge.com, (参照 2017-11-28)

ジョン・バンヴィル (John Banville) [1945-]

1945年、アイルランド・ウェクスフォード生まれ。12歳より小説を書き始める。1970年、短編集 Lomg Lankinでデビュー。アイルランド紙で文芸記者として働きながら執筆を続け、『コペルニクス博士』でジェイムズ・テイト・ブラック記念賞、『ケプラーの憂鬱』('81)でガーディアン賞、ほか受賞多数。The Book of Evidence('89)でブッカー賞の最終候補となり、2005年に本作でカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』をおさえてブッカー賞を受賞した。現代アイルランドを代表する作家であり、The New York Review of Booksなどで批評家としても活躍している。ダブリン在住―本書より

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