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現在コンピュータは,意識する,しないに関わらずほとんど必需品となっています. 最近のパソコンやインターネットブームはもはや脅迫じみた状況さえ生み出しています. コンピュータが発明された当初,過剰なほどの期待がもたれた.現に中国語では「電脳」と訳されています. コンピュータは人間の脳と同じようなすばらしいことができるそんな期待がもたれたのです. 現在のコンピュータの著しい発展をみるとかなり実現されたかに見えます.
しかし,コンピュータが行っていることをよく観察してみますと, 意外なほど単純なことしか行っていないことが分かります.コンピュータは命令(プログラム)で動きます. それ以外のことは何もできないという点では下等生物にも劣るといっても過言ではありません. 現在のコンピュータ技術は3年で4倍という性能向上の中にいます. きちっと定式化できる定形的な仕事や解き方が分かっているような問題はコンピュータ は驚くほどの能力を発揮します. 量的な進歩(それ自身大変な技術開発を要するのですが)が大きな質的変化を起こしているように見えます. しかし現在のパソコンやインターネットの基本技術は20年以上の昔のものです. コンピュータにもっと高度で真に知的なことをやらせたい,これが多くの研究者の夢なのです.
生物は,長期間の進化の過程において種を維持するためにさまざまな機能や適応能力を自ら獲得してきました. そして長期間にわたる淘汰の末に,現在の合理的な機能を得て,また「ヒト」という「究極の高度な解」(?) を得ました.これは「進化のパワー」とでも言えましょう. この進化のパワーをヒントにして新しい適応的な知的処理方式の枠組みを作ることが進化的計算の研究です.
進化的計算の枠組みには,大きく,遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm, GA),進化戦略(Evolutionary Strategy, ES),進化的プログラミング(Evolutionary Programming, EP)がありますが, 遺伝的アルゴリズムは,進化戦略や進化的プログラミングに比べて,理論的および応用に関する研究の蓄積が豊富です.以下では主に遺伝的アルゴリズムについて述べます.
生物は二重螺旋で有名なDNAからなる染色体(遺伝子型)を持ち,それを設計図として各種の機能(表現型)が作られます.進化的計算では,まず問題を染色体と同様な遺伝子表現に変換します.このような仮想の生物集団をコンピュータ内に形成し,実際の進化の過程で起こっている突然変異や交叉(両親の遺伝子のブレンド),生殖,淘汰などの進化過程をコンピュータ内で模擬します.実際の生物では,一世代進むのに人間では30年程度,農作物でも1年を必要とします.コンピュータでは数秒で数万世代も進めることができます. 生物集団の個体数も自由に設定できます.
進化的計算の大きな利点の一つは,「答えの解き方が分からない」あるいは「構造が明確でない」という問題に対して威力を発揮するということです. もちろん生物の進化過程で重要な「自然淘汰」を模擬するために模擬生物(ここでは解候補に相当する) の「良さ」(環境適応度)は与えられねばなりません. コンピュータは問題を解くプログラムがなければ何もできないのに対して, 進化的計算では解を得る方法は進化のパワーに委ね, 人工的に進化を効率よく行うための仕組みを研究するわけです. これは科学的手法としては大きな発想の転換です. ただ,この方法は,人間が最適な生物では決してないのと同様,必ずしも最適の答えを出してくれるという 保証は与えてくれません.
それでは,プログラムはまったく必要としないのか? コンピュータの中で進化が効率よく進むよういろいろな「仕掛け」を作り,それを模擬するプログラムを作成します.生物進化の仕組みをベースにしますが, それにとらわれる必要はなく,人工的な進化の仕組みをコンピュータに組み込むのです.
この分野の研究では,やはり米国が進んでいます.既に1975年にミシガン大学のHolland教授により"Adaptation in natural and artificial systems"と題する本が同大学より出版され,基本コンセプト提案されています. 1985年になって,第1回の国際会議 (ICGA: International Conference on Genetic Algorithms) が開かれ,その後は2年に一度開かれ,活発な国際会議となっています. 一方,ヨーロッパでもドイツを中心に地道な研究が行われ,1990第1回の国際会議 (PPSN: International Conference on Parallel Problem Solving from Nature) が開かれ, やはり隔年に,ICGAとは交互となるよう開催されている.1994年になって,IEEE (米国電気電子学会) 主催のICEC (International Conference on Evolutionary Computation) も加わり,国際会議はますます活発となっています. 専門ジャーナルもMITが1993年からEvolutionary Computationを発刊しました.1997からは,IEEEが, Transaction on Evolutionary Compuatationを発刊しました.
我が国でも,1990年代になって,人工知能学会,情報処理学会,電子情報通信学会,システム制御情報学会,日本ファジィ学会などを中心に活発な研究会活動が展開されている.また,企業の研究所を中心に実問題への応用研究が既に活発になっている.
1995年から1997の3カ年の計画で,文部省科学研究費重点領域研究として「創発システム」が取り上げられています.「創発」という言葉は,分かりにくい言葉ではありますが,「自立的に振る舞う個体間および環境との間の相互作用が大域的な秩序を発現し,他方,そのように生じた秩序が個体の振る舞いを拘束するという双方向の動的過程により,新しい機能,形質,行動などが獲得されること」であり, 進化的計算はその中心的エンジンとなっています.
企業では既に,知能ロボットや各種自動設計システムなどへの応用研究が始まっています. コンピュータの中に人工的な生命体を作り,生命現象の本質に迫ろうとする「人工生命」が, 米国サンタフェ研究所のラングトンによって提唱され,先の重点領域研究の一つの研究テーマとなっています. 1996年5月には古都奈良において"Forth International Conference on Artificial Life"が開かれた.
以上のような研究は工学分野だけの研究と思われるかもしれません. しかしこのようなアプローチは,組織の行動の分析,社会経済モデルの研究など, むしろ社会科学の研究に今後重要な役割を果たすと考えられます. 事実,市場経済原理などは,先に述べた「創発システム」の考え方そのものです. サンタフェ研究所などを中心に,生命,物質,金融の仕組み,企業の取引関係,企業内システムなど, 自己組織体の分析への生物進化をモデルするアプローチの研究が始まっています(週間ダイヤモンド96.6.1号「経済学の変容」参照).我が国でも1997年度に「進化経済学会」が設立され,活発な活動が行われています.