トウモロコシ畑のハイテク都市から
(ファジィ学会2001年4月号掲載記事より)

――イリノイ大学滞在記――

阪南大学 筒井茂義

 

 2000年4月から2001年3月まで,イリノイ大学に留学の機会を得て,遺伝的アルゴリズムの先駆的研究で活躍されているゴールドバーグ教授の研究室IlliGAL (Illinois Genetic Algorithms Laboratory)に滞在しました.

まず地理的な関係ですが,シカゴから車で約2時間半(約260キロ),果てしなく延々と続くトウモロコシと大豆畑を見ながら南下するとここイリノイ大学のあるツインシティ,シャンペイン市/アバーナ市に到着します.イリノイ大学は,シカゴと,イリノイ州の州都,スプリングフィールドにも分校があるので,ここの本校はUIUC (University of Illinois at Urbana-Champaign)と呼ばれています.ここから3時間ほどさらに南下しますと,マグワイア選手のいるセントルイスカージナルスの本拠地であるミズーリ州セントルイスがあります.シカゴカブスには,ソーサ選手がいますので,ここはさしずめホームラン街道とでも言えましょうか.東に2時間ほどで自動車レースのインディー500でよく知られているインディアナ州インディアナポリスがあります.こう書けば少し都会のように想像されるかもしれませんが,どちらの方向に向かってもトウモロコシと大豆の畑ばかりが延々と続くアメリカの大穀倉地帯のまっただ中の小さな街です.しかし,大都市にはないアメリカらしいアメリカが味わえるとても落ち着いた街で,大変気にいりました.学生の数が約3万5千人で学生の数を除く両市の人口が約10万というから何らかの形で大学に関係した人の街といえます.市街は閑静な住宅街です.

 

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1.           キャンパスの一角

2.        Urbana市内の閑静な住宅街

3.        農家の穀物貯蔵庫の屋上から見た刈り取り間近のトウモロコシ畑

 

田舎であるだけに校地は広大で,学生,ビジッター用のアパートが約千戸,しゃれたカフェなどがキャンパス内に点在しています.約5万人収容のアメフトスタジアムから,シンフォニーホール,コンベンションホールをはじめとする各種イベント施設があり,市民の憩いの場ともなっています.

しかしこの田舎大学は,初期のコンピュータの開発で有名なコンピュータサイエンス学科や,物理,化学,会計学など,全米でも上位にランク付けされる学科が多くあります.また,インターネットの先駆けとなった数々のソフトウェアを生み出したスーパーコンピュータセンター(ここの学生らが最初のインターネット閲覧ソフトを開発,後にネットスケープ社を設立した) があり,また,大学以外にも,数学ソフトで著名なMathematicaを生み出したWolfram Researchの本社があります.また最近モトローラの研究所なども設置され,周囲のトウモロコシ畑とは対照的なコントラストをもったハイテク都市のイメージを持ち合わせています.

ゴールドバーグ教授の研究室IlliGALは,General Engineering学科に所属しています.ちょっと分かりにくい名前ですが,Industrial Engineering に少し似た感じでしょうか.IlliGALで現在行われている遺伝的アルゴリズムの研究は,リンケージラーニングや確率モデルGAが中心です.特に確率モデルGAに力を入れております.確率モデルGAでは,従来のような交叉や突然変異を用いません.それらに代わって各世代ごとに集団の個体分布の確率モデル推定を行い,そのモデルに基づいて新しい個体を生成するというものです.どのような確率モデルを用いるかによって様々な方式が考えられますが,現在,Baysianネットワークモデルを用いるBOA(Bayesian Optimization Algorithm)やMDL(Minimum Description Length)原理に基づくECGA (Extended Compact GA)などの研究が行われ,良い成果が得られています.IlliGALでは,研究論文が完成すると直ちにIlliGAL Technical Report としてインターネット上に公開されますので,詳しくはhttp://www-illigal.ge.uiuc.eduをご訪問下さい.最新の研究論文が入手できます. IlliGALの研究はバイナリコーディングGAに関するものが中心ですが,私は実数値GAに関心があったので,滞在の前半は,東工大の山村先生らと共同で行っていたシンプレックス交叉をとりあげ,そのリンケージラーニングについて研究しました.後半からは,実数値空間における確率モデルGAの研究に取り組みました.アプローチとしてはヒストグラムを用いる方法ですが,先ずは周辺確率分布を用いる方法の研究を行い,かなりの性能を持つことを確認しました.これからは,多変量確率分布を用いる方法へと発展させていく予定です.確率モデルGAは,従来の交叉オペレータが持っている問題点,すなわち,有益なビルディングブロックを壊すという問題点が解決できるというメリットや,制御パラメータが少なくてすむなど従来の進化的計算に比べて優位な点があり,今後重要になっていくものと思われます.

ゴールドバーグ教授は,大変まじめな方で,毎週一回のミーティングが設定されました.このため毎週のミーティングの準備などで気が抜けず結構大変でした.丁度学生の立場に突然の逆戻りです.留学先を間違えたと思いましたが,大変良い勉強になりました.

 

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4.    究室のメンバーと

5.Goldberg教授とのウイークリー・ミーティング

6.    九州芸術工科大学の高木先生の訪問が11月に訪問され,

インタラクティブGAについてイリノイ大学で講演されました.

写真は研究室のメンバーとの討論会

 

さて,話はキャンパスライフに戻りますが,キャンパス内に学生やビジッター用に約1000戸のアパートがあります.私は,キャンパスのはずれにある大学のアパートを借りました.家賃は$500.00と安く,家庭菜園も楽しめました.大陸性気候のため寒暖の差が激しく,最初はうまくできませんでしたが,学習効果が出てきてトマトや秋野菜は大変うまく作ることが出来ました.

 

7. 白菜の収穫

 

ここで面白いことを発見しました.コスモスのこぼれ種があり,コスモスが6月頃咲き出しました.すぐなくなると思っていると次からつぎへと新しい花が咲き続き,11月の初旬の霜が降りるまで咲き続きました.ここ大陸性気候では温度が急変します.植物たちは,子孫を残すべく機会がある限り咲き続けるという,生物の適応進化の一例だと思います.タンポポもそうでした.4月頃から11月まで咲き続けていました.

キャンパスでは,音楽会や各種スポーツイベントが楽しめます.特に中西部州立大学のアメフトリーグは,大変な人気で,試合当日はダフ屋まででる有様でびっくりしました.私が観戦したのは対アイオワ戦でしたが,キャンパス内のスタンドは5万人の観客で埋まり,大変派手な応援合戦が繰り広げられました.場外では,車で来た大勢の人たちが,バーベキューを楽しみながらラジオを聞いています.

 

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8. 対アイオワ大学とのアメフト戦

9. 切符を求めるダフ屋

ここで,少し話を変えてアメリカの国力の源泉について一つの面から考察してみたいと思います.東西冷戦終結が唯一の超大国となったアメリカ.アメリカは,ここ中西部の大穀倉地帯に象徴されるように,豊かな国土と資源に恵まれています.この国土の豊かさが,アメリカの底力の源泉の一つであることは間違いありません.しかし,アメリカの力の別の源泉は,今も続く移民パワーであることがアメリカの大学を見ているとよく分かります.研究の中心を担う大学院生の出身を見るとほとんどが外国人で占められています.ここIlliGALのメンバーを見ても,ビジッターとしてポーランド人と私の二人,学生としてインド4,中国1,台湾1,ロシア1,スロバキア1,ドイツ2,アメリカ1でネイティブスピーカーは,1人しかおりません.他の工学部系研究室も同様で,大部分が中国人,あるいはインド人といった研究室もあり,中国,インドからの学生が圧倒的に多数を占めています.まさに彼らは大学における研究の基盤を担っているようにさえ思えます.この傾向は,何もイリノイ大学に限ったものではなく,カリフォルニアではもっと顕著といわれています.生活費はどうするか?優秀な大学院の学生は教授から Research Assistant として教授から給料をもらっています.教授はその資金をまかなうために金集めをしなければなりませんし(ちなみに,大学からは原則として研究費はでないし,夏休み分の給料も自分が集めたお金を充当できる),資金が集められなければ優秀な学生をとることが出来ません.学位をアメリカで取ると,アメリカでは国立研究機関を始め,多くの頭脳労働の機会が能力本位に開かれています.彼らの多くはアメリカに定住する覚悟で留学しています.彼らはやがてアメリカの科学技術を支える人材として,定住していきます.NSF(National Science Foundation)が出している"Science and Engineering Indicators 2000(http://www.nsf.gov/sbe/sys/seind00/frames.htm)" を基に少し数字を覗いてみます.なお,以下の数字はいずれも1997年の数字です.

表1は,アメリカの大学(Collegeは除く)の教育スタッフの出生地の構成です.全体では外国生まれの割合が20%を占めています.特にEngineering系で見ると,なんと36.3%が外国生まれであり,また,数学・コンピュータサイエンスでは25.7%を占めています.1996年の総人口のうち,外国生まれの割合が9.3%であるというから,アカデミック分野における外国生まれの構成が非常に高いことが分かります.表2は,国別の人数構成です.これを見るとアジアのパワー,とりわけインドと中国が非常に高いことが再確認できます.産業界のデータは今のところ持ち合わせておりませんが,コンピュータソフト分野におけるインドの力などを考えると,アカデミック分野以上に技術分野における移民の力の大きさが予想されます.

 

 

このような視点で見ると,アメリカの力の源泉は,今も脈々と続く移民の力−「移民力」−こそではないでしょうか.もちろんそれを可能にする国土と資源と自由を尊ぶ風土があってのことですが.この前提が崩れたときどうなるか?地球環境を考えたとき世界人口の3%の国が30%の資源を使うというアメリカ的多資源消費社会を続けることはもはや無理であることは明白です.このままいけば2050年には,白人はマイノリティになると言われています.多くの国から移民してきた人たちが将来独自のコミュニティーを主張し,また貧富の差がさらに増大したとき...やはりこの国にもいずれ大きな変調が来るという予感がします.しかし,少子高齢化が進み,閉塞感に陥っている我が日本を考えたとき,優秀な外国移民を積極的に受け入れる施策は,もはや遠い将来の課題ではないように思えます.

また,以上述べたことは,別の見方をするとアメリカ人自身がEngineering離れをしている証拠でもあります.アメリカの民生工業製品はあまり品質が良くありません.クーラー一つとっても音はがんがんうるさく,「ファジィ制御」なるものを取り入れた日本製のようなきめ細やかさは望むべくもありません.ブッシュ新大統領の大型減税案に反対する民主党議員が,「高所得者ははトヨタのレクサスが買えるけれども,低所得者は自動車のマフラーしか買えない」と言っていましたが,こちらではトヨタや本田,そしてソニーの製品はもはや信仰の対象となるほど信頼されています.日本でも理系離れや学力低下が議論され,また製造現場がどんどん海外に移っています.製造現場を持たない産業はいずれ衰退します.この点に関してアメリカのまねはしないですむ方策はないものでしょうか?もの作りを大切にする日本であり続けて欲しいと願わざるを得ません.

今回の留学経験を基に研究以外にも,今後の日本のあり方について考察し続けてみたいと考えています.なお,イリノイ大学滞在記録の詳細は筆者のホームページhttp://www.hannan-u.ac.jp/~tsutsui/ に紹介しています.