2000年アメリカでの家庭菜園
Vegetable growing in US
2000年4月から2001年3月まで,イリノイ大学に滞在した(イリノイ大学滞在記参照).イリノイ大学はシカゴから来るまで約2時間半南に南下した田舎町ににある.周囲はトウモロコシ畑に囲まれた大穀倉地帯の真ただなかである.我がJapanでの野菜作りの経験を基に,イリノイでの野菜作りに挑戦した.菜園は大学のアパートのはずれにあり,年間維持費$10.日本と大きく異なるのは,
- 気候が全く違う.内陸部であるの寒暖の差が激しい.
- 土壌が全く違う.ここ中西部は肥沃な土壌であるが,非常に細かい粒子の土で,少し乾燥すると煉瓦のように堅くなってしまう.したがって,乾燥するとスコップも刺さらなくなる.
- 日本の鍬などと全く違い使いにくい.映画,風と共に去りぬの一場面で奴隷が使っている先の小さい鍬である.
1.に関しては致命的な失敗を何回もした.日本から持ってきた種は最初は全て枯らしてしまった.しかし,状況が分かってくると案外うまくいった.
アメリカの広大な農地を見ていると全くと言っていいほど草が生えていない.最初,アメリカでは雑草が生えないのかと思ってしまったりもしていたが,そんなことはない.猛烈な雑草との戦いで,10メートル四方位の割当面積を使い切ることができなかった.それにしてもアメリカの農業は猛烈な除草剤を使っていることになる.
April (4月)
- まだ草も生えていない農地
- 仕事始め
- ミネラルウオーターのポリバックを利用して,苗床用のプランタン作り
- 苗床を作る
- これが農具.この鍬では仕事にならない
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June (6月)
- 雑草と戦いながらの耕作.横はインゲン.結構収穫があった
- キュウリと,フダンソウ(うまい菜).キュウリはダメだった.フダンソウは日本から持ってきたものであるがよく育っている
- ピーマンとトマトの苗.これはよく育った.真ん中のプランタンはネギ苗とモロヘイヤの苗作り
- フダンソウの草とり
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July (7月)
- モロヘイヤがうまく育った
- トマトは,アメリカが原産であるためか,沢山取れ,近所にもあげた
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October (10月)
- 青梗菜が元気に生育した
- フダンソウも甘みが出てきた
- ネギが順調
- 白菜もまもなく結球.まもなくすき焼きの季節
- 白菜の初採り
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November (11月)
家庭菜園は,11月10日をもって返却する規則である.なぜそんなに早く返却しなければならないのか
不思議に思っていた.この年は11月の初旬まで結構暖かい日が続いていたからである.
それに今まで日本では,秋から冬にかけて寒にさらされて野菜がますます甘みを増していき,それを
こちらでも楽しみにしていたからである.
それが,11月8日から急に寒くなり寒波が襲来した.土は凍てつき野菜は畑で凍りついてしまった.
とても寒にさらされた野菜を楽しむという状況ではないことがわかった.返却日までにある程度は取入を
行ったが,返却日を過ぎた翌日には畑には,耕運機が入り,わが菜園は跡形もなく消滅していた.
これでもって,アメリカでの家庭菜園は終了した.

あっという間に耕させた家庭菜園の跡地.土はこうして寒にさらされる.
付近の農地もこのころになると耕運されだした.昔日本でもそうだったが,耕運して寒にさらすのが
こちらの農法である.このようにして,地力は回復する.12月になるとマイナス20度の寒波が襲来した.
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